2009 10 ≪  11月 123456789101112131415161718192021222324252627282930  ≫ 2009 12
Ads by Google
- --/--/--(--) -
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
この記事のURL | スポンサー広告 | ▲ top
ひとこと。
- 2006/10/06(Fri) -
誰に向かっていうでもなく、一応言っておきます。

生きてますよー。
お昼の定食もモリモリ食べてるし。
色々あるけれど、元気です。
あ、なんかこれ、魔女の宅急便みたいなセリフですね。

ものおもいの秋。
色々書きたいこともあるのですが、今日はやめておきます。
おやすみなさい。
この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
北京旅行記〜その参〜
- 2006/09/11(Mon) -
ほったらかすにも程があると反省。
おもむろに続きです。

ちょろっとパンフレットからの抜粋含めて簡単に故宮の紹介をします。

かつて紫禁城とよばれた故宮は、1406年に明の永楽帝が建設し、清朝最後まで歴代の皇帝の居城でした。
最後の皇帝となったのは ラストエンペラーで有名な愛新覚羅薄儀です。

入場料60元を払って天安門をくぐると、大小さまざまな宮殿が広がっていました。
敷地は東西約750m、南北約960mに及ぶそうです。

どこから進めばいいかも分からず、そもそもこれらが全て足を踏み入れる事の出来る建物なのかも分からず、とりあえずあちこち寄り道をせずに目の前の門と建物をまっすぐに突き進む事に。

感心したのが門の天井画。
こんな目立たない部分でも金・青・緑といったセンスのいい組み合わせで豊かに彩色が施されていて、中国といえば赤と金!とにかくど派手!といった固定概念(私だけ?)が崩れました。

青い天井


ところどころで写真を撮り、漢字ばっかの説明板を読み、ただただ真ん中をまっすぐ進みましたが、それでも軽く1時間半はかかりました。

最後、出口近くに珍妃の井戸があるとパンフレットにあったので寄り道したのですが、閉門時間が迫っているとかで(たぶん)、入れて貰えませんでした。
はるばる来たのに、ケチ!
それでもあたりの高くて赤い壁がいかにも中国らしくて美しかったので、気を取り直してパチリ。

赤壁


下の写真は故宮をとおり抜けた景山公園から見たもの。
ここは、公園内にある小高い丘から故宮全体が見渡せるので有名ですが、私達が行った時は工事中で入れませんでした。
なんなんだ〜〜汗だくになって登ったのに〜〜〜。

故宮全体図



景山公園を出ると夕方5時過ぎでした。
まだまだ日は高いので、ゆっくりぶらぶらと歩きながら王府井大通に向けて戻っていきます。

通り沿いには広さ3畳ほどの狭い店舗が軒を連ねていて、なぜかトロフィー屋さんとガラス屋さんがやたら多く、目を引きました。
少なくとも、10軒中3軒はトロフィー屋だった。
いったいなぜ?流行ってるのか??
なんとなくうさんくさい、謎の雰囲気の漂う細い通りから、華やかな王府井大通に入った時にはホッとしました。

北京飯店を出てからちょうど逆コの字型に、西→北→東へときました。
最後は南に向かってブラブラと歩いていきます。
夕食に何を食べるか相談しながら歩いていき、餃子専門店に入りました。
父子お楽しみの燕京ビールと店員さんお勧めの餃子を2種類、それに冷菜とおつまみを注文。
楽しい旅行に乾杯!

1日目夕食


海鮮と肉の2種類でしたが、ここの餃子はとても美味しかったです。
お店を出て夜8時をまわってもまだ日が暮れていないのに驚きました。
まだまだ明るい街を散策していると、昼間何もなかった路地に突然屋台が出現!
偶然にも、王府井小吃街という、毎夜出現する有名な屋台街に通りかかっていました。

さっそく覗いてみると、噂どおりかそれ以上に衝撃的なモノが並んでいました。
写真の手前、手の平くらいのデカさのヒトデです。一応、串焼きです。

ヒトデ


4匹並んで串にささっている”活サソリ”もありました。
蛙やら蝉の幼虫やら、もうなんだか大変な状態。
どう考えても、もっと他に食べるものがあるだろう!って感じ。オエ。

気をとりなおして雑貨店に立ち寄り、ホテルに戻ってから飲むお酒とおつまみをGet。
こういうのって大事よねー。

1日目の団欒の素


ホテルに戻ってベランダから見た夜景。キレイでした。
明日はいよいよ万里の長城です。

夜景
この記事のURL | 未分類 | CM(1) | TB(0) | ▲ top
週末
- 2006/08/20(Sun) -
北京旅行記から遠ざかってばかりですが、ひとまずこの週末のお話。

土曜日、久し振りに和歌山の友人宅に行って来ました。
中学以来の大親友のえっつん。
3人の子持ちで、なんと上の子は小学校4年生。
10歳って、フタケタよ!
かたやこんな人生もあるのね・・・。

手土産に、鳥取のおばあちゃんちで貰った葡萄を持っていくと、
「箱入りの葡萄なんて初めて!」って、みんなとても喜んでくれました。

ビール片手に、友人夫妻とあれこれと話こむ。
ここはいつも居心地がよく、実家並みのリラックス度。
いっぱい話ししたいのに、楽しくて飲みすぎて、したたか酔ってしまったよ。

「おかあさん、ぶーこ舟漕いでるで」
「しーっ、静かにしといたり」

そんな会話を夢うつつで聞いてた土曜日の夜。


日曜は昼過ぎに友人宅を出て、一路京都へ。
夕方、じいちゃんと久々に再会☆
じいちゃんとは去年の秋に会って以来だから約1年振りです。

寺町四条下ったところのお多福珈琲でお茶。
これはじいちゃんセレクトの喫茶店。
さすがじいちゃん、素晴らしいリサーチ。
前回のとようけ茶屋といい、今回のお店といい、私よりよっぽど詳しい!

私は普段ドトールとかスタバとかのチェーン店しか行かないけど、このお店はこじんまりとした店内で雰囲気もよかったです。
お客さんも途絶えることなく入るし、珈琲も美味しかった☆

けどこういう本格的な喫茶店は、一人で入るのは勇気がいるわね^^;
なんせ、えせコーヒスト(珈琲をこよなく愛す人、の略。ただしスタバでもドトールでもなんでも可。)だから。

「おぬし、さてはえせコーヒストだな?
わが店には相応しくない、出て行ってもらおう!」とか、
見破られちったらどうしよう!キャー!


冗談さておき、夜ごはんは木屋町の半分庵へ。
久々に行ったら、今まで目印にしてたきぬたビル1Fのクスクス(アフリカ料理屋)がいつのまにか別の店に変わっててびっくりした。

半分庵には2時間半ほどいたけど、最後までお客は私達だけ。
マスターも奥のテーブルで眠りこむほどの暇っぷり。
けれど料理は相変わらず大変おいしゅうございました。

じいちゃんとはサシで(?)話しした事って今まであんまりなかったけど、今回はゆっくりたっぷり話しが出来てよかったな〜。
映画や本など、興味のある分野がお互い似ている事もあったし、色々新発見もありました。うむ!

そんなこんなで、週末は懐かしい友達にいっぱい会えたし。
楽しいひとときを過ごしました。大満足!

ありがとう。今度また、近々会おうねー!
この記事のURL | 未分類 | CM(3) | TB(0) | ▲ top
追悼
- 2006/08/15(Tue) -
8月13日、養老に住む伯父が亡くなった。

訃報を聞いたのは当日の昼過ぎ。
父と二人で、近くの海から戻ってきた時。

父の携帯に、一番上の兄である小坂の伯父から留守番電話が入っていた。
隣室で電話を掛けなおした父の声が、驚きに変わる。
シャワーを浴びた後 髪を乾かしていた私は、胸騒ぎがしてドライヤーを止めた。

しばらくしてから、襖を開けて父が言った。
「養老の兄貴が倒れた。
今は意識不明だけど、覚悟しておいた方がいいらしい」

驚きで言葉にならなかった。
入退院を繰り返していた伯父。
ちょうど一月半前にも、両親が見舞いに行ったところだった。

「明後日までいるつもりだったけど、万が一に備えて明日の朝帰ろう」

父は言った。
でも、私は現実的な事とは思えなかった。

私の中で伯父は、明るくて、面白くて、お酒が大好きな陽気な人だった。
退職してからはアジア中を旅行していた。
特に台湾が大好きで、旅行から帰るたびに土産だと言っては、
いくつもの珍しい工芸品や食べ物を送ってくれた。
何かの機会に親戚が集まると、いつも伯父を囲んで話しに花が咲いた。
楽しそうに酒を汲み交わしながら談笑する、父や伯父たちを見るのが好きだった。

そんなおじさんに限って。
覚悟って何?そんな事あるはずないのに。
大げさに聞こえるけど今回もきっと大丈夫。
明日の朝ここを発っても、後から「もっとゆっくり出来たのにね」、
って、きっと笑いあいながら恨み事を言うんだ。

父の話しを聞きながら、私はどこかでそんな風に思っていた。

でも、伯父はそのまま二度と帰ってこなかった。


倒れたのは午前11時頃。
近くに住む飲み友達の家に行く予定だったそうで、手土産のつもりだったのだろう、好物のカラスミを準備していた時に倒れたそうだ。
迎えに来た友達が、倒れている伯父を発見した。
隣の工房で働いていた息子のあつし兄ちゃんが駆けつけた時には、まだ身体は温かかったそうだ。
必死に心臓マッサージや人工呼吸をし、救急車が来た後は電気ショックもしたが、そのまま帰らぬ人となった。

万が一だった話が訃報に変わった時、
私は立っていられなくなって横になった。

世界がぐるぐるまわる。
こんなの全然リアルじゃない。
悪い夢を見ているようだ。

心の整理が付かず、涙も出ない。
しばらくして起き上がり、淡々と帰る支度をした。


翌朝 鳥取の祖母の家を出た。
京都に一度寄って貰い、喪服の準備をする。
養老に着いたのは夕方5時過ぎだった。

教えて貰った葬祭場に行くと、従兄のあつし兄ちゃんが出迎えてくれた。
ともひと兄ちゃんも。目を真っ赤に腫らせた二人。
もう随分長い間会っていないのに、よりによってこんな形で再会するなんて。

通夜の会場に入ると、祭壇の上からおじさんの写真が笑いかけていた。
屋外の写真なのだろう、柔らかい日差しが斜め上から差込み、おじさんはいつもの眼鏡を掛けて、なんともいえないいい表情で笑っている。
後から、台湾旅行に行った先で撮った一枚と聞いた。

通夜が終わった後、近親者だけで棺の中で眠る伯父に挨拶をした。
口を軽く結んで目を閉じ、眠るような穏やかな表情で、伯父は静かに横たわっていた。


「おじさん」

たまらず涙が溢れだす。

「おじさん、おじさん」

棺に手をかけて、おじさんを抱きしめるようにして呼びかけた。


私、約束をしてた。おじさんと。
6月末、両親が見舞いに行った夜に、おじさんは父の携帯を使ってメールをくれた。

「近いうちに京都に行きたい。年内がいいな。
その時は文子、案内してくれ。
予算20万以内ならおじさんが出すから、なんか美味いもの食いに行こう」

幸せな約束だった。
私、とても楽しみにしていた。

数日後、おじさんは見舞いのお礼を実家に電話してきた。
その時も母に、「文子と約束したんだ。」おじさんはそう言ってくれた。

どうしてあの時、メールだけで終わってしまったんだろう。
私もお見舞いに行けばよかった。
おじさんの顔を見て、直接話しすればよかった。
もう二度と実現する事がない。

私にようやく来た”リアル”は、死ぬほどの後悔を伴っていた。


通夜が終わった後、親族だけで夜通し番をした。
小坂のおじさん、可児のおじさん、美子おばさん。
お酒を飲みながら、思い出話しをしながら、夜が更けていく。

遅れてきたあつし兄ちゃん、ともひと兄ちゃん。
みんなの口から次々に語られるおじさん。
15年前に一度心筋梗塞で倒れてからも、好きなお酒やたばこは絶対に断とうとしなかった。

「俺はな、酒やたばこをやめてまで長生きしたいとは思ってないんだよ。
太く短い人生、これでいいんだ」

と笑っていたそうだ。

本当にその通りになっちゃったね。
けど、おじさんらしいや。

語り合い慰めあって迎えた告別式の朝。私はもう大丈夫だった。


おじさん。
大好きだったおじさん。
離れていても私たち三姉妹をいつも気に掛けて、可愛がってくれてありがとう。
京都でおじさんと酌み交わすはずだったお酒は、天国で再会する時までお預けにしておきます。
会えなくて寂しいけど、少しの間だよ。のんびりと待っていてね。
この記事のURL | 未分類 | CM(3) | TB(0) | ▲ top
北京旅行記〜その弐〜
- 2006/07/21(Fri) -
長らく放置しておりました。。。
記憶がだんだん怪しくなってきていますが、続きです。


私たちの泊まっている北京飯店は、北京のメインストリート、日本でいうなら銀座(Byガイドさん)の「王府珍大通」沿いにあるのですが、地図を見ると北京飯店から天安門広場までは歩いて10分ほど。
天安門広場のすぐ上が故宮でした。

今ちょうど3時。
天安門・故宮を見たらちょうど5時頃かな。
その後 王府珍大通でどこかに入り夕食することに。

いざ出発!とホテルを一歩出ると・・・灼熱!
北京は空気がとても乾燥しています。
日本のようにジメジメすることは全くないのですが、雲ひとつない青空にカンカンの太陽。
まるで砂漠のような暑さです。

なるべく木陰を選んでテクテク歩いていくと、しばらくすると見慣れた風景が。
おお!天安門だ!毛沢東だ!
ミーハーにはしゃぐ私達。さっそくパチリ。

毛沢東


天安門をくぐり中に入ると、ドリンクワゴンがありました。
汗だらだら、喉カラカラの私達は飛びつきます。

「お父さん何がいい?色々あるよ」
「父ちゃんは 茶をくれ」
「お母さんは?」
「お母さんもお茶がいい」
「じゃあ私もそうしよ。すみませーん、これ、三。」

500mlのペットボトルのお茶を3本買いました。
1本の値段は二元。一元が16円ほどなので、30円ちょい。安。
冷えたお茶を手に、ウホウホとさっそく飲んだ父は・・・

「甘っ!なんじゃこれは!?」

え!? 甘いって、何!?

グビリ。

!!!
あ、甘い!!

ラベルは確かに「茶」。
しかしよく見ると下に「低糖」と・・・。

中国のお茶が甘いという事を、緑茶でもなんでも砂糖を入れて飲む風習があるという事を、私達は全然知らなかったんですねー。
失敗しました。

これは夜に寄ったスーパーの棚にあった生茶ですが、隣の烏龍茶も、ラベルの下に「低糖」とあります。

生茶


余計に喉が渇いただの まずいだの、ブーブー文句を言いながら、だけどMOTTAINAI精神で捨てたりはせず、
グビ、う〜、あま〜。
と繰り返しつつ、テクテクと故宮に向かって歩く私達でした。
この記事のURL | 未分類 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
| メイン | 次ページ